「米を食べる土地にはかならずカレーの市場がある」という揺るぎない信念が出発点でした。
ワンプレートのカレーライスを食べる習慣がなかった中国。
1997年、ハウス食品は上海にカレーレストランを開き、市場開拓に挑み始めました。さらに、その8年後の2005年から、『百夢多(バーモント)カレー』の販売を開始しました。この『百夢多カレー』は、日本のバーモントカレーと同様、「子どもから大人まで楽しめるマイルドな味わいのカレー」がコンセプト。
日本の約26倍の面積を有する国土、人口も10倍以上とされる国で、正しい調理方法とおいしさを広く知ってもらうため、上海、北京、広州といった大都市圏を中心に、中国で営業活動を展開するチームは、現在年間400万人以上への試食販売を行っています。
日本のカレーを中国の国民食として根付かせるため、市場開拓に挑戦する王哲夫さんに、成長ポテンシャルを秘めた広大なマーケットに飛び込んで市場開拓にかける想い、中国と日本におけるビジネスの違いなどについてお話を伺いました。
目次
ハウス食品(中国)投資社 王 哲夫(おう てつお)
2007年入社ハウス食品株式会社入社。
2000年に来日し、日本の大学で産業関係学を学ぶ。横浜営業所で国内営業を経験した後、海外事業部に異動。2009年から上海に駐在し、営業とマーケティングに従事する。2013年から現在のハウス食品(中国)投資社での現地営業を経て、2024年からは董事(取締役)全国販売総監として販売部門を統括。休日は息子2人のアイスホッケーの試合に、中国国内はもちろん、海外遠征にも付き添う日々。料理が好きで、手づくり香港式XO醤が家族や同僚にも好評。
──ご出身は中国とのことですが、来日されてからハウス食品入社までのことを教えてください。
王:遼寧(りょうねい)省の瀋陽(しんよう)出身です。2000年、20歳になる年に留学のため来日しました。最初の3年間は日本語を身につけるために日本語学校へ通い、その後に大学へ入学しました。大学では文学部社会学科産業関係学を専攻し、企業における人事、雇用などについて専門的に学びました。もともと食べることに興味があり、日本で大学に通っている間にフレンチレストランでアルバイトをしていたのですが、日本の食文化に対してもどんどん興味が湧いてきました。ハウス食品を知ったきっかけは、私の大好きなお菓子『とんがりコーン』です。それと食べ歩きなどをするうちに、日本のカレーが大好きになったのがハウス食品への入社を希望した一番の理由です。2007年にハウス食品に入社して、入社後の1年間、横浜営業所で国内営業を担当した後、翌2008年に海外事業部(現国際事業本部)で海外営業担当となりました。
──横浜営業所時代、営業職の経験から学んだことを教えてください。また、日本の企業に入ってみて、ビジネス社会における文化の違いに驚いたことはありましたか?
王:横浜営業所は、ハウス食品の営業職における基本をすべて学んだ場でした。カレーやスパイスに関する基礎知識に始まり、営業職としての提案の方法からスーパーマーケットの棚割りにいたるまで、実務的な知識とノウハウをしっかりと勉強できたと感じています。短期間でこれほど広く深く学べたと実感できたのは、あらゆる商品を長年にわたって展開しているハウス食品だからかもしれません。文化の違いについては、日本の会社員の仕事に対する姿勢というか、熱心さと頑張りには目を見張るものがあり、刺激を受けましたね。
それと、入社式の時に新入社員が集まって集合写真を撮ったのですが、写真を見ると全員がほぼ黒いスーツを着ているので、あらためて不思議に感じました。各自が個別に買ったものなのに、同じユニフォームのように見えて、一体感のあるチームに思えるからです。中国では、就職活動の時は普段着の人が多いんですよ。
──確かに、黒いリクルートスーツは日本独特かもしれませんね!では、中国赴任の辞令を聞いた時はどう思われましたか?
王: 5年ぐらいは国内営業に携わるものだろうと勝手に考えていたので、上海赴任の辞令を聞いた時は少し驚きました。「日本での経験を踏まえて、将来的に中国市場の開拓にも挑戦してみたい」という希望は伝えていましたので、思ったよりも早かったとはいえ、やってみたいことにチャレンジする機会を与えてもらえたのは、とてもうれしかったですね。
2009年に海外事業部の上海事務所への辞令が出て、現地での営業活動とマーケティングサポートを行うようになりました。2011年にハウス食品を親会社とする現地法人の所属となり、2013年からは中国全体を管轄するハウス食品(中国)投資社で営業に携わっています。
──2005年から『百夢多カレー』の販売を開始され、今年で20周年を迎えましたが、王さんが赴任した頃の中国市場はどのような状況でしたか?
王:私が現地のスーパーマーケットを中心に回り始めた頃、『百夢多カレー』が発売されてからすでに数年経っていましたが、カレー味の味付けパウダーは出回っていても、『百夢多カレー』のようにルウ形状で手軽にカレーを楽しめる商品はそれほど知られていなかったと思います。ただ、「開拓途上の市場」だからこそ、大きなポテンシャルがあるのではないかとも感じていました。
──当初、中国は日本式カレーにとって、いわば“白紙地帯”だったようですが、どのように普及し、広めていったのでしょうか?
王:私が上海へ来た当時、中国で日本のカレーを広めるために組織されたチームは数名程度。中国には、日本のカレーライスのように「ごはんとルウをワンプレートで食べる」習慣がない状況でした。そのようななか、当時の先輩社員たちが「米を食べる土地にはかならずカレーの市場がある」という信念をもって取り組んでおられたのが印象に残っています。
地方各地を訪ねては、ショッピングモール、団地、学校などで試食イベントを行い、カレーライスのおいしさを知ってもらう活動を地道に続けていきました。私も赴任当初からこうした活動にも参加しましたが、そうしたイベントを行うと、人が集まり盛り上がりを見せるので、市場の可能性を感じていました。また現在では、スーパーマーケットなどで扱ってもらう家庭向けの販売戦略と並行して、学校給食やレストランなどを対象とした業務用チャネルにも注力し、市場のさらなる拡大をめざしています。
──『百夢多カレー』のテレビCMが中国で流されるようになって、それをきっかけに国民の認知度が上がったと聞きますが?
王:そうですね。CMの効果はそれなりにあったと思います。発売当初は、テレビを始めとするマスメディアで大規模な広告展開を行っていましたが、近年は若者を中心にSNSが情報源として大きな役割を果たすようになったため、広告戦略は様々な媒体を駆使した複合的展開に切り替わってきています。
──王さんがお仕事をされるうえで、中国独特の仕事の進め方やコミュニケーションのとり方があれば教えてください。
王:赴任当初は、日本で生産した海外向けの当社製品を輸入販売する業務を担当すると同時に、中国事業のマーケティングにも従事しました。2011年に「好侍食品(上海)商貿有限公司」という現地法人が設立されてからは、製品を直接売り込む営業活動に携わっています。
当初は、日本式のカレーライスになじみのない現地の取引相手に製品の魅力を理解してもらうのに苦労しました。また、中国の商習慣として、商談相手とはまず「お茶を飲む」ところから始める、ということがあります。中国ではお茶文化が伝統的にあって、相手をよく知るにはお茶をともにするのがよい、と考えられています。相手にいきなり取引の話を切り出すのではなく、ゆっくりとお茶を飲みながら、まずは雑談をする。そして、打ち解けたところで、ようやく取引の話に移る、といった具合です。
──日本と中国で働いた経験を通して、それぞれの国だからこそ得られた経験や学びはありますか?
王:日本では、まずカレーの基礎知識をしっかりと学べたことです。スパイスの産地や使い方はもちろん、スパイスの微妙な配合の違いでカレーの味わいがまるで変わってくる、といった専門的な知識を身につけることで、自信をもって仕事に向き合えるようになりました。個人的には、料理が趣味なので、そちらにも大いに役立っています。
中国では、現地の人たちが日本のカレーを知るきっかけづくりに携わっているので、工場見学や販促イベントの親子料理教室などでおいしそうにカレーを食べるお子さんたちを見かけると、この仕事のやりがいを感じます。
──また日本で働きたいと思うことはありますか?
王:はい、またぜひ日本で働きたいですね。私が働いていた頃から十数年経っているので、日本の市場にも変化はあるでしょうし、営業職として、現場の状況を再び実感してみたいという気持ちはあります。また、海外営業で積んだ経験は、中国以外の海外進出にも活かせるものだと考えますので、グローバル展開の役に立てる業務に関わる機会があればとも思っています。
──コロナ禍での2022年の上海ロックダウン時は大変だったのではないですか?
王:あの時期はとても大変でしたね。上海市のロックダウンによって、上海では生産も営業活動もまったくできなくなりました。製品の生産と流通に関しては、大連と浙江の生産拠点の協力を得て何とかカバーしました。企業として確かなグループ力をもつハウス食品だからこそ、緊急時にも不測の事態を連携プレーで乗り切ることができたのだと思います。
──ロックダウン中、『百夢多カレー』は政府の配給品に選ばれたそうですね。
王:そうなんです。外出ができない状況でしたから、政府が各家庭に食べものと調味料を支給することになり、当社と取引のあった販売代理店が政府指定代理店に認定されたのをきっかけに、『百夢多カレー』を提案したところ配給品の一つとして選んでいただきました。
配給された後に、友人や知人から「これ、ほしかったんだ」、「外出できなくてつまらなさそうにしていた子どもが喜んでいる」と連絡をもらったりしました。みんなが困っている時に、少しでも食卓が明るくなる手助けができるような製品に携われていることがうれしかったですね。
──ロックダウン中は出社もできなかったそうですが、王さんはどのように過ごされていましたか?
王:外出禁止令が出ていたので、仕事はすべてテレワークです。緊急事態に対応するために、生産調整や在庫調整などの業務を自宅で行っていました。当初は2週間程度と見られていたロックダウンは結局、約2ヶ月も続きました。通常は、各地へ出かけて仕事をしている営業職なので、外出できないストレスというか、不安や焦りが次第に募りました。そんな時に、オンラインで職場の仲間と励まし合うことで、何とか自分を保っていた気がします。自宅待機がいつまで続くかわからないなか、リモートで仕事を進めながら、自らの体調管理にも気を配らないといけなかった日々は、今にして思えば、人生においてそうそう体験できない時間でした。
──『百夢多カレー』は「大人も子どもも、家族みんなでいっしょに楽しめるカレー」という日本の『バーモントカレー』と同じですが、中国でカレーを広めていくためにいろいろな点を変えているとお聞きしました。違いについて教えてください。
王:事前に中国の人たちに調査を行って好みを調べ、それに基づいて現地向けの商品を作っています。まず見た目ですが、中国の消費者は、カレーのイメージとして明るい黄色を想像する傾向にあるという調査結果から、日本の『バーモントカレー』に比べて、『百夢多カレー』は明るい色にしています。味に関しては、中国ではよく使われる香辛料の「八角(スターアニス)」を入れることで、現地の人たちにとってなじみのある味に仕上げています。スパイスの配合も、中国の消費者の味覚に合うよう調整しています。
──『百夢多カレー』の売れ行きとして、100gの小箱がもっとも売れているそうですね。味は日本と同じく「甘口・中辛・辛口」なんですか?
王:はい、小箱がもっとも売れています。まず箱のサイズについて言うと、今は200gの商品も出していますが、発売当初は100gのみでした。サイズに関しては選択肢が増えたわけですが、当初から買い続けていただいているお客様にとっては「いつものサイズ」という感覚で、今も小箱を選ばれている方が多いのだと思います。味に関しては、「原味」「微辛」「辛」の3つです。中国では「原味」が一番人気なのですが、「原味」という言葉は「オーソドックスな基本の味」という意味で、お試しで買われる方が手に取りやすいのもあるでしょうね。また、「原味」は辛味の面でいうと、日本の『バーモントカレー』の甘口に近く、カレーライス初心者でも抵抗なく食べられるのかもしれません。
ちなみに、バーモントカレーの開発がスタートした当時の日本では、カレーは「大人が食べる辛い食べもの」だったのですが、「子どもも大人もいっしょにおいしく食べられるマイルドなカレーを」との想いから、マイルドで甘い味わいの『バーモントカレー』が誕生した歴史があるのですが、中国では初めから「原味」として販売をスタートしたんです。
──王さんは日本の『バーモントカレー』と中国の『百夢多カレー』では、正直なところ、どちらの味がお好みですか?
王:私は食べるのが大好きなので、どちらも好きです。それぞれに特徴があって、両方ともおいしく感じます。
──『百夢多カレー』のほかに、『咖王(ガオウ)カレー』、『番茄紅烩』(トマト煮込み調味料)も人気があるとのことですが、それぞれについて教えてください。
王:『咖王カレー』は日本の『ジャワカレー』をベースに、こちらで安定的に調達できるスパイスを複数用いて配合を決めています。『番茄紅烩』に関しては、日本のハヤシライス風の味になっています。『百夢多カレー』同様に、中国の消費者にもっと知っていただき、さらに人気のある商品に成長させたいです。
──『百夢多カレー』は今年20周年を迎えましたが、今後中国でどのような商品になってほしいと思われますか?また、王さんがめざす中国市場の展望を聞かせてください。
王:私たちには、カレーを中国の国民食にするという大きなミッションがあります。ゆくゆくは、どの家庭にも常備されていて、ごく日常的に食卓に出されるメニューとなるのが、私たちの目標です。
最初の拠点となった上海ではハウス食品のカレーはよく売れており、北京もそれに次ぐ勢いです。そのほかの内陸部の都市へもカレー人気の輪が広がるよう販売戦略を立てて活動を続けています。カレーがこの国の国民食になるまで、私たちの活動が終わることはありません!
──王さんが仕事をするうえで大切にしていることや、一番の学びを得た本があれば、教えてください。
王:心がけているのは「本質を見極める」ことです。中国における漢方療法では、病気に対して、対症療法のような表層的・一時的な治療を施すのではなく、身体の状態の本質を見極めることで、根本的な治療をめざすという考え方があります。
ビジネスにおいても、課題解決にはその場しのぎの策ではなく、物事の本質を見極めたうえでの抜本的な解決策に力を注ぐべきだと考えて、業務に取り組んでいます。
書物でいうと、経営学者のドラッカーによるマネジメント論などです。所属する組織が大きくなってきているなか、私自身、マネジメント業務の占める割合が増えていますので、ドラッカーが説く実践的な教えは、非常に役に立っています。
──最後に、これまでの経験を振り返ってみて、ハウス食品に入社してよかったと思われますか?
王:はい、もちろんです!日本では誰もが知る企業であるハウス食品は、社員にとって多様な活躍の場が用意されている理想的な会社だと思います。私自身も、思っていた以上に豊かな経験を積ませてもらえ、担当業務においては裁量を与えられてのびのびと仕事ができ、日々のやりがいをかみしめながら働けることに感謝しています。
留学先の日本で『バーモントカレー』のおいしさに魅せられた王さん。今、自分が生まれ育った中国で、そのおいしさを広める活動ができることに喜びと使命感を実感しているそうです。
コロナ禍のロックダウンという非常事態も大勢の仲間が力を合わせて乗り越え、より強固な結束力を手に入れたチーム中国。カレーを中国の国民食にするというゴールに向かって、王さんたちの挑戦はこれからも続きます。
取材日:2025年7月
内容、所属等は取材時のものです
▶ハウス食品(中国)投資社
文:堀雅俊
写真:Shin
編集:株式会社アーク・コミュニケーションズ
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